秋篠宮ご夫妻が「歌会始の儀」で雅子様に詠んだ”ありえない歌”

秋篠宮ご夫妻が「歌会始の儀」で雅子様に詠んだ”ありえない歌”

雅子さまが歌会始の儀を欠席されたことで、秋篠宮派がまたそろ嬉しそうに騒いでいる。もうこれくらいしか騒ぐことも出来ないだろうから、逆に不憫に思えてくる。

雅子様の病気が適応障害であると発表されてからもう随分と経つが、その間、秋篠宮派派それがどういうものなのか、調べたことがあるのだろうか。調べたことがある上で騒いでいるのなら、もはや悪意を持ってやっているとしか思えない。欠席したから何だというのだ。ご病気をおして出席することがそんなに美徳なのか?ばかばかしい。

あえて言おう。そんなものは美徳でも何でもないと。あえて言おう。クソであると。風邪の症状があるのであれば、無理に出席すれば、他の人に伝染してしまう可能性もあるだろう。ご高齢の方も多いのだ。欠席という選択以外に無い。さて、そんな中、雅子様の提出された歌を見てみよう。

大君と母宮の愛でし御園生の白樺冴ゆる朝の光に、朝の光の中で輝く東宮御所の庭のシラカバを見て、かつて暮らした両陛下が木々を大切に育てていたことに思いをはせ、美しい庭を見て過ごせた日々への感謝を込めている。これが雅子様という御人だ。あくまで両陛下への気遣いを忘れない。こういうところが、雅子様の美徳の一つである。例えこれまでどんな扱いを受けようとも、こういった気遣いをちゃんとやられる。

普通なら、そんな気持ちすら怒らないだろう。だが、雅子様はそんな私的な感情などとうに超えられており、その器はもはや皇后に相応しいものだ。しかし、こういったところにも気を付かわなければならないのだから。雅子様の苦労がしのばれるというものである。どこに出しても恥ずかしくない、非の打ち所のない最高の女性をここまで追い詰めたものが七位だったのかを、今一度考えるべきだろう。

話はそれからである。

雅子様でなければ、とっくに潰されていたというのは、言い過ぎではあるまい。ところで、秋篠宮ご夫妻、かつてこんな歌を詠まれた。秋篠宮様、「人々が笑みを湛えて見送りし、こふのとり今空に羽ばたく」雅子様「飛びたちで大空にまふこふのとり仰ぎてをれば笑み栄えくる。」夫婦揃ってコウノトリ押しに一同驚愕だが、この1ヶ月後、NHK速報による紀子様ご懐妊6週目の報。

気遣いの欠片も無い、ただ私的な浮かれ気分を撒き散らすだけのもの。こんなものは歌とは言えぬ。よくやるわ。

引用元 youtube

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