国民栄誉賞を辞退したイチロー…

国民栄誉賞を辞退したイチロー…

菅義偉官房長官は5日午前の記者会見で、3月に引退した前マリナーズイチローが国民栄誉賞の授賞を辞退すると、代理人を通じて連絡があったことを発表した。打診に対して「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます。」と返答があり、授与の検討を見送る。

「本人のお気持ちを尊敬し、今般の現役引退に伴う検討を見送ることにした。イチロー選手は多くの方に夢や希望を与え続けてきたスーパースターであり、国民の皆さんとともに今後の活躍を楽しみにしたい」と話した。

イチローが国民栄誉賞を辞退するのはこれで3回目だ。最初の打診は2001年で、オリックスから大リーグのマリナーズに移籍し、リーグ最優秀選手や新人王、盗塁王に輝いた時期だった。当時のイチローは「まだ若いので、できれば辞退したい」と政府に伝えている。2回目はシーズン最多安打のメジャー記録を塗り替えた2004年。この時は「野球生活を終え、本当にやり切った時に、もしいただけるならば大変ありがたい」とこれも固辞した。記録すぐめのイチローだが、ここで記者が集めたイチローの頑固エピソードを振り返っておこう。

イチロー選手は、少年から木のバットを使用していたのも有名な話。手のマメが潰れた血でグリップが赤く染まっていたので、イチローのバットだけはすぐにわかったという。小6の卒業文集では、「夢は中日のドラフト1位で、契約金は1億円以上」とかいており、子供のころから大のドラ党だった。ドラフトで中日から指名がなかった時はショックを隠せなかった。

イチローさんは、まさに頑固一徹な野球人生を送ってきた。そんなイチローさだが、実は中学でオール5を取るなど、成績は常に5番以内。

3月21日の引退会見で「監督は絶対無理。人望がないから」と語っていたが、仲間は誰もが「いいやつ」だとおもっていたからこそ、国民栄誉賞に3度もノミネートされたのだ。

Related Posts