【感動秘話】カンニング竹山は給料の半分をあることに使っていた・・・衝撃の真相がこちら!

【感動秘話】カンニング竹山は給料の半分をあることに使っていた・・・衝撃の真相がこちら!

カンニング竹山の感動秘話 ピン芸人として活躍するカンニング竹山(竹山隆范)は、元々、小学校からの同級生・中島忠幸と組んだカンニングという漫才コンビとして活動していました。 1992年コンビを結成し、2004年には『エンタの神様』に出演して知名度を上げていきました。

ところが2004年の12月に相方の中島忠幸が白血病を発症。闘病も届かず2006年12月に帰らぬ人となりました。

その後、完全にピン芸人となっても「カンニング竹山」として活動しています。その理由は・・・

カンニング竹山を名乗り続けたのは、相方・中島忠幸のいぞくに給料の半分を渡すためだったとは・・・

これを見たカンニング竹山本人は・・・

この感動秘話がネットで広まり、カンニング竹山本人も目にすることになりました。

2013年5月19日、自らTwitterでこれはデマだと否定しています。

 

①最近Twitterが若年層にも広がった影響であろうかSNSを使って情報源も確認せぬままデマがどんどん勝手に恐ろしいほど広まる傾向にあります。以前からラジオ等々でネットでのデマのニュースの広がる危険性を話したりはしてましたが若年層がむやみやたらとデマのRTをしてるようなので→②へ

 

②一度気持ち悪いのでここでおじさんの立場からハッキリ言わせていただきます。添付の情報は全くのデマです。こんなやり方をしたら脱税で俺は捕まります。迷惑です、やめて下さい。何がどうなってるかは話す必要がないので今後も一切話さず!あしからず

「こんなやり方をしたら脱税で俺は捕まります」と、法律上からも否定しています。

その真相は・・・

このデマのもととなったのは、2007年の『QJ(クイック・ジャパン)・vol.70』のロングインタビューで語っていたことだと思われます。

「中島の休業中にもギャラを折半していた」と言われていた問題にしても、ぶっちゃけギャラは分けましたけど、みなさんでも分けるんですよ。ずっと、たった二人でカンニングという”会社”をやってきたわけじゃないですか。夫婦ですよ、要は。その相方が白血病で倒れるわけですよ。単純に、お金かかるんです。

元々、ピンでの仕事のギャラも全て2人で分ける契約にしていたからだと思われますが、相方が闘病中は「中島が帰ってくるまでは」と漫才のネタをやらずに「カンニング竹山」として活動していました。

相方のし後まで分けていたのはデマですが、闘病中は分けていたのは事実です。

そして命日には必ず相方を偲ぶツイートが・・・

 

1人カンニングになって今日で11年。。。

お〜い!まだ1人でなんとか踏ん張ってんぞ!
最近のガキは俺らの事は知らんらしい。

時代やな。

それと悪いが有馬記念だけなんとか当てさせてくれ!
頼むわ。

「カンニング竹山」として活動を続ける理由は

「自分が一人で活躍することによって、カンニングというコンビを忘れないでもらえる」

と述べていて、相方・中島忠幸のことを忘れることがない、いい男なのは間違いないことです。

わざわざ話を大きくしなくてもいいのに・・・

ネットの反応

・まあ美談だからまだマシかね スマイリーさんなんて相当苦しんだだろうねー
・尾ひれ背びれつけなくてもいい話だよな
・RTしてほしくてこんなデマ流すTwitter民
・竹山の芸風から言って、迷惑だろうなw

江頭2:50もあまりいい人扱いされると営業妨害といいますから
できるだけ否定したいのでしょうねw

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